2024年春号表紙

SDGsで雇用を維持する ~働きがいも、経済成長も~

株式会社オフィスグラビティー
代表 中川 優

 

突然だが「次にあげる例文のうち、問題があると思うものを一つ選び、どこが問題か」を考えてみてほしい。


① 学校の名簿は男子が先になっているので、並ぶときはいつも男子が前だ。

② 児童会長は男子で、副会長は女子と決められている。

③ 女子が黒いランドセルを買ったら「女のくせに」とからかわれた。


(日能研HPより)

実はこれ、ある中学受験の実際の試験問題である。しかも2004年の出題と言うから驚きである。SDGs(持続可能な開発目標)が制定されたのは2015年だから、まさに「ゴール5.ジェンダー(ジェンダー平等を実現しよう)」を先取りするテーマである。少なくともミレニアル世代(2000年以降に成人となった世代)を境に、SDGsが感覚的に分かる層と何となくスッキリしない層に分かれるようだ。筆者は昭和35年生まれの生粋の“昭和男児”(もしかして、この言い回しも微妙か?)である。本稿では昭和目線でSDGs世代の価値観に切り込んでみたい。

SDGsとは

SDGsとは「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称で、国連によって制定された国際的な指針であり、地球規模で解決すべき17のゴール(社会課題)が掲げられている。SDGsの狙いは「2030年までに公正でサステナブルな社会の実現であり、その方向に向けて国や組織や個人が舵を切る(変革)こと」である。逆に言えば、現在の地球社会は持続可能な方向に向かっていないとの認識である。
実はSDGsの名称は、日本を含め全会一致で合意された「我々の世界を変革(transform)する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」であり、これが正式名。この中に「SDGs」の章が含まれている。
“サステナビリティ”は、もともと水産資源管理の専門用語である。日本でも、クジラやマグロで問題になったことがあったが、まさにその問題の根本の考え方がサステナビリティである。そのため、サステナビリティは水産大国でもある北欧各国で大変なじみ深いキーワードであるようだ。その証拠にSDGsの国際ランキングでも毎年スカンジナビア周辺国間でトップ争いを繰り広げている。現代の経営ではサステナビリティは“社会や環境を考慮した節度ある経済活動”のことと解釈されている。当然SDGsも経済活動の意味で使われている。

全ての原因は貧困と飢餓

SDGsの各ゴールには、その下部に169のターゲットが設定されている。さらにその下に「グローバル指標」等があるがここでは詳細は省く。
ターゲットはゴールにたどり着くための手段や方向性を示してくれる“処方箋”“ヒント”のようなものだ。企業が2030年までにSDGsを達成するためには、ゴールとターゲットの両方を理解し、上手に活用することが重要である。
この17の普遍的な社会課題(ゴール)の根源的な原因は「ゴール1.貧困」と「ゴール2.飢餓」と言われている。この二つが解決すれば他の15ゴールにも解決に向けたいい影響があるということになる。よって17ゴールが独立して存在するわけではなく、相互に関連し合う関係なのである。

SDGsギャップ

先の試験問題に話を戻すが、これは特殊な出題例を紹介した訳ではなく、HPで“過去問”を調べればSDGs的出題の傾向はむしろ拡大しつつあるようだ。
SDGsは、数年前から日本の学習指導要領に明確に組み込まれており、いまや一家の中で一番の“SDGs通”は、実は子供達なのである。もちろん難しい用語は知らないだろうが、考え方に違和感はないはずだ。昭和世代で言えば「道徳の授業」というイメージだ。物心ついた時からの慣れ親しむ層(サステナビリティ・ネイティブ)と、大人になって会社で学ぶ層で活用スキルも異なるのではないだろか。恐らくスマホやSNSとも状況は似ているのだろう。
このようにSDGs及びその中核的なコンセプトである「サステナビリティ」の理解には大きな世代間ギャップがあることが想像できる。若年層にとっての“当たり前”が中高年には“想定外”に見えているというのが、このサステナビリティの真なる問題点なのだ。
このギャップ、企業の現場で既に顕在化しているという。例えば、「社会人なら多少理不尽なことがあっても我慢せよ」「配属希望に答えたらその希望の部門への配属は実現したためしがない」「待望のマイホームを買った途端に転勤辞令が出た」「飲み会の翌日は這ってでも出社しろ」…など昭和世代のサラリーマンの代表的な“あるある”。中高年以上の方は、聞き覚えはないだろうか?気を付けないと経済成長期の“金言”はデフレ下では“ハラスメント”に変わる。冗談でも「24時間働けますか?」は現代のNGワードだ。

言っても無駄?居ても無駄?

もし今の若手にNGワードを投げかけてしまったら、もの静かな彼らは黙って転職を考えるそうだ。「言っても無駄、だから居ても無駄」ということらしい。去られた方はこの“沈黙戦略”に一体何が問題だったのかは知る由もない。
ミレニアル世代よりもっと若い世代は、Z世代(今年で言えば28歳より若い世代)と呼ばれる。
Z世代は生まれた時から右肩下がりのデフレ日本しか知らないので、何においても自信がなく、よって出しゃばらず、自分の意見を押し殺す。更にコロナで一層その傾向は強まった。変な意味ではなく「もの静かで素直でいい子達」なのである。
しかし、仕事を教えると“なるほど”と返され、注意すると“ブラック”と言われ、叱ると“辞める”…とオジさん達は扱いに苦慮。そのくせITスキルは極めて高く、ネットからの情報収集能力は最強ときている。(この手の話題を知る書籍が沢山出ています。)
厚生労働省の2022年度の調査で、令和2年3月に卒業した新規学卒就職者の離職状況が公表されている。それによれば、高卒、大卒共に入社3年後の離職率は30人未満の会社で半数、1000人以上の大企業においてでも26%が離職しているのだ。終身雇用の崩壊どころか、雇用維持の危機である。
離職率の高さには様々な要因があるにせよ、世代間ギャップもその一因と見なしていいだろう。業種や規模の大小を問わず、新人募集、雇用、働きがい、ジェンダー、働き方改革…など“人に関連する課題”に直面する日本企業が非常に多い。特に“雇用や採用問題”の解決を探ることが契機でSDGsに取り組み始めたというのが実態である。みんな同じことで悩んでいる。さてSDGsは救世主になれるだろうか?

 

耳に痛い「次世代からのメッセージ」

日本総研が、国内の中学生、高校生、大学生を対象にウェブアンケート調査を実施し「2022若者意識調査」(サステナビリティ、金融経済教育、キャリア等に関する意識)にまとめている。その中に、若者が「企業」と「大人」にメッセージを送る設問がありこれが面白い。メッセージはテキストマイニングされ特徴的なキーワードにハイライトされている。ここには若手の働き方や雇用維持に向けての課題を見出すことができそうだ。
中身を読んでみると、対企業には「従業員をもっと大切にしてほしい」(ゴール.8)「日本の技術を上げていってほしい」(ゴール9.)「環境問題にも気を付けてください」(ゴール.12、13)などSDGsにも関連するポジティブなコメントでまとめられている。一方、対大人には「自分のことしか考えてないと思う」「あなたたちの時代と比較しないでください」「下の世代に課題を押し付けないでほしい」と厳しい論調が続く。恐らく後者が若者の本音なのではないだろうか。
少なくとも価値観が異なることは事実だ。特にサステナビリティがその断絶を浮き立たせているかのように思えてしまう。
しかし昭和路線をただ“モーレツ”に突っ走っている訳にもいかない。何故ならSDGsが“舵を切れ”と警告しているからである。ここはひとつ謙虚にSDGsに耳を傾け、価値観の違いを認め合い、2030年までに正解を見つけてゴールするしかないのだ。なんせ組織の未来を築く原動力は今の若手なのだから。

ゴール8.働きがいも、経済成長も

このように、かつてないほど、働き方に関して労使間での隔たりが大きくなっている。SDGsの17ゴールの中で多くの企業が賛同するのは「ゴール8.労働と経済(働きがいも、経済成長も)」である。このゴールの目指すところは、「持続可能な経済成長及びすべての人々の完全かつ生産的な雇用と働きがいのある人間らしい雇用を促進すること」にある。本稿のテーマともマッチしたゴールだ。
そこで「ゴール8」に関連するターゲットの中で日本企業に関係ありそうなもの、又はSDGsギャップ解決になりそうなキーワードを抜粋して以下に紹介する。なお先頭の番号はターゲット固有につけられている番号である。

ターゲット
番号
「ゴール8」に関連するターゲットの抜粋 日本企業に関連する
事例やキーワード
8.2 高付加価値セクターや労働集約型セクターに重点を置くことなどにより、多様化、技術向上及びイノベーションを通じた高いレベルの経済生産性を達成する。
  • 機械化が遅れている労働集約型産業に対してDXによる生産性の向上
8.3 生産活動や適切な雇用創出、起業、創造性及びイノベーションを支援する開発重視型の政策を促進するとともに、金融サービスへのアクセス改善などを通じて中小零細企業の設立や成長を奨励する。
  • 研究開発の振興などを通じたスタートアップ企業等の支援・育成(投資)
  • DXの公的補助金活用
8.5 2030年までに、若者や障がい者を含むすべての男性及び女性の、完全かつ生産的な雇用及び働きがいのある人間らしい仕事、ならびに同一労働同一賃金を達成する。
  • 働き方改革(副業、週休3日制、記念日休暇…)
  • ダイバシティ経営(多様な勤務形態、介護・育児世帯の優遇)
  • 同一労働同一賃金(待遇面)
8.6 2020年までに、就労、就学及び職業訓練のいずれも行っていない若者の割合を大幅に減らす。
  • 社員のリスキリング(会社と自分の成長に役立つ学び)
  • 社内の資格制度の新設
※2020年の達成年度を超えている
8.7 強制労働を根絶し、現代の奴隷制、人身売買を終らせるための緊急かつ効果的な措置の実施、最悪な形態の児童労働の禁止及び撲滅を確保する。2025年までに児童兵士の募集と使用を含むあらゆる形態の児童労働を撲滅する。
  • 児童労働(義務教育を受けるべき年齢の子どもが教育を受けずにおとなと同じように働くこと)の禁止
  • 職場のハラスメントの撲滅
  • ブラック企業問題
8.8 移住労働者、特に女性の移住労働者や不安定な雇用状態にある労働者など、すべての労働者の権利を保護し、安全・安心な労働環境を促進する。
  • 職場の労働安全衛生活動
  • 外国人労働者の権利

 

産廃処理業における働き方(提言)

産業廃棄物処理業においてはどうか?「産業廃棄物処理業の振興方策に関する提言」(2017年)には、産業廃棄物処理業が抱える課題についてアンケート結果が紹介されている。それによると第1位「同業者との競争が厳しいこと(45.6%)」に次いで「人材の確保が難しいこと(38.3%)」が二番目に深刻な課題として挙げられている。未来に向けた持続的成長には人材獲得や雇用維持を通じた基盤整備が不可欠である。

本提言は、産業廃棄物処理業が成長のための基盤整備を図るには、事業で得た原資を基盤整備のために有効活用すること、そしてそれを続けて好循環を生み出していくことが重要と指摘している。
下記は、提言に示された働き方にも影響を与えうる「基盤整備」の取組例と、それに関連するSDGsのターゲットを紐づけたので参考にされたい。

【基盤整備に資する取組】


  • 低賃金構造からの脱却(ターゲット8.2:経済生産性の向上)
  • 技能向上に資する研修(同8.6:リスキリング)
  • 労働安全管理の徹底(同8.8:労働安全衛生)
  • 優良認定取得等に伴う積極的な情報開示(同12.6:持続可能性に関する情報の定期報告)
  • シルバー雇用/障がい者雇用(同10.2:すべての人々の能力強化及び社会的包摂)
  • 地域住民向け環境学習プログラム提供(同12.8:自然と調和したライフスタイル)
  • 地域と連携したCSR活動(同17.17.:地域とのパートナーシップ)

 

SDGsの課題解決アプローチ

SDGsの課題解決アプローチは、解決したい社会課題を17ゴールに集約し、注目を集め、そこに資本と技術を集中投下して早期に解決するというものだ。新型コロナ対策という世界共通の社会課題に対して巨額資金(資本)とバイオテクノロジー(技術)が連携し9か月でワクチン開発に漕ぎつけたことがその一例だ。明らかに資本主義的なアプローチなのである。
この例になぞらえれば、気候変動や海洋プラスチック問題に関する外部課題についても、この手法で注目と資金を集めてイノベーションを起こすことが可能だろう。
では雇用維持や働きがい等の内部課題についてはどう?ここには投資やイノベーションよりも、むしろ社内制度設計や人材戦略の革新の方が有効策ではないだろうか。その有効策創出をイノベーションと呼ぶなら、社内関係者の関心を集めイノベーションを起こす…課題解決の原理は似ている。
SDGsをヒントに若い世代も納得できる施策はそう珍しい策ではないはずだ。例えば、女性管理職活躍企業(5.5:女性管理職)、育児・介護休業に配慮した会社(同5.4:育児介護)フレキシブルな勤務時間が可能(同8.2:多様性による生産性向上)…ヒントは169もある。
実は、地方都市の人手不足で本当に切羽詰まった零細企業は既に「週休3日導入」「隙間時間の雇用OK」「専業禁止(兼業のみ採用)」「日本語が話せない外国人OK」「eスポーツの部活」…で成果を上げている。要はやるかやらないか…と言うのか結論だ。

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